5.10.2011
5.08.2011
East Hampton in NY state
それは約20年前のこと、当時ワタシの男友達はみんなアメリカへ旅立って行った。何ヶ月かして帰ってくるとみんなたくましくカッコいい男になっていた。ワタシは女だけれど女の立場だけにはまりきれず、当時4年付き合っていた彼と別れて旅に出た。そんな男たちみたいにかっこいい女になりたかったし、当時はラルフローレンが大好きでどうしてもニューヨークの本店とアメリカの田舎町やリゾート地にしかない店(もちろん日本にはないの) ”ラルフローレンカントリーショップ” に行ってみたい!という一心だった。ラルフローレンカントリーっていうのはその名の通りアメリカンカントリースタイル、、アメリカの開拓者スタイル、ウェスタンスタイル、ネイティブアメリカンスタイル、インディアンのナバホ族のブランケットで作ったジャケットとか、キルトスカートとかシルバーのコンチョベルト、アクセサリーだったり、そういうファッションスタイルを提案するカテゴリーがあって、専門の店もスタイルに合わせてそういう田舎町にあったのね。目指すはニューヨーク州にあるリゾートタウン ”ロングアイランドのイーストハンプトン”当時、そこへ辿り着く方法なんて観光本に載ってなかったし、もちろんインターネットなんてないから、なんだったかなたまたまラルフの特集していたファッション雑誌の片隅にその住所が載っていたのかな?それを頼りに行くことになるんだけど。。。。。彼と別れて半年間猛烈に働いてお金貯めた!まっそのころからマトモな仕事じゃないバイト、昼間は設計事務所で設計士笑(でもホントよ)夜はダイアルQ2で時給3000円のバイト!(注:Q2ってのは電話で男とお話しする仕事。淋しい男の子達がお客、そして一分間何百円もの額を支払い私達はお手当をいただけるという仕組)まだまだバブリーだったのね。90年代初頭。Q2のバイトでは珍話も色々あるんだけど、それはいいとして。かなりの額が貯まり、まずは友達のいるピッツバーグへ!ここで友達の通っていたペンシルバニア大学に出入りして友達作って遊んでた。でもファッションとはほど遠い町で段々つまらなくなるわけ。で、車借りてあこがれの町ニューヨークへ!8時間かけて到着。感動したね〜ワシントン橋?クィーンズ橋?だったかな?(ブルックリン橋からの方がステキなんだけど)を渡ってくる、その向こうにはマンハッタンの摩天楼!ホテルニューヨーカーにチェックイン。ここは一時ニュースで騒がれた”統一教会”っていう宗教が経営?してる一泊30ドルの安ホテル。だけど立地もよくて30階くらいの部屋に案内されて、窓からはハドソン川、エンパイアステートビルもよく見えるステキな部屋だった。↓ここ

それから毎日バス、地下鉄でフラフラするんだけど。憧れのラルフローレンの本店へもバスで行ったな。それはそれは感動しましたよ!日本とは違ってかっこいい店員もたくさんいたし!いつかラルフローレンで働く!ってこの時心に決めたのよ。何日かすると偶然にも義弟が古着の買付けでマンハッタンに滞在しているという情報が入ってきたの(携帯、インターネット、メールもないのになんでだろ?)とにかくホテルから彼の滞在している人の家に電話して逢うことになった!凄い偶然でしょ!ホテルのそばのフライデーズで食事したね〜ラルフの本店にもまた行ったし、翌日にはクィーンズのグリーク(ギリシャ)タウンのグリークレストランに連れて行ってもらったな。このときのことを考えても義弟とは凄い運命的なモノを感じてます。今は逢えないけど。。。。。で!とうとうイーストハンプトンへ!そこへは。。。。確かグランドセントラル駅から行ったんだと思う。↓ここが駅

アムトラックじゃなかったから。三時間かかったかな。ロングアイランドはマンハッタンから南東にある島でリゾート地なの。もちろんミスターラルフの別荘もある。ラルフローレンカントリーショップがあるイーストハンプトン駅で降りて、さてどうするか?ってな感じ。だってホテルも取ってなかったし何の情報も持ってないし。とりあえず駅で地図もらってBB(hotel)でも探そうと思ってメインストリートに出た。そこで太った白人のおじちゃんに出逢う。”どうしたの?どこから来たの?” ”日本から、どこかにBBないかしら?” ”今はオフシーズンだからなぁ” ってなやりとり。そうワタシが行ったのは11月で人もまばらなときだったの。そうこうしてたらこのおじちゃんが白人のおばあちゃん2人が住んでいるかわいらしい家に連れて行ってくれたのだ!後から考えてみたら知らない人について行くなんて!危ない!って反省したんだけど笑 無知って怖いよね笑 そのおばあちゃんがまた親切な人で、なんでも若い頃は色んな国を旅して回り、色んな人に助けてもらったことがあってその恩返しができればとずっと思っていたんですって。だからワタシのことを助けたいってことで三日間泊めてくれたのデス。ハーバーにあるレストランへディナーに行ったり。教会にお祈りに行ったり。↓ここがワタシに貸してくれた部屋

そしてそして念願の ”ラルフローレンカントリーショップ” へ行くのです!おばあちゃん宅から歩いて15分くらいだったかな。この町はホントステキな所だった。湖があって、風車もたくさんあって、ラルフのショップからまた10分歩くと海! ↓アトランティックオーシャン!!!!!

ショップは小さな白い建物で、中にはワタシの大好きなカントリーラインの服が並んでウィンドーにはかわいいデコレーションとプロップ!だけど残念なことに写真撮れなかったの。。。。。言い出せない小心もののワタシ笑 ちょっとググってみた。クリック→ラルフローレン まだあるみたい?!今はカントリーラインなくなったからきっとRRLの商品にかわってるんだろうなぁ〜 そして4日目の朝マンハッタンへ戻った。その足でアムトラックが走るペンステーション(Penn station)へ。↓これはオールドペンステーション。ステキ!これまた写真撮っておらず悪しからず。

ここから十時間かけてナイアガラの滝へ!なんつっても11月で極寒。人もおらず笑 三日ですることなくなって笑 今度はグレイハウンド(バスね)で四時間かけてピッツバーグの友達の所へ戻って、またふらふら大学を出入りしながら遊んで過ごしましたわ。東京に戻って一週間後。ちょうど一週間後に親父死んだんだ。まるでワタシの帰りを待っていたかのようにね。葬儀にはには義弟、ニシウラ君、ツル君、ミッキーも思いがけず来てくれたんだったな。ドラマだな。それから年明けた春に念願のラルフローレンカンパニーに入社するんだけど。。。。。その春に恋に落ちたんだった笑。お互いを知る人。ワタシはずっと憧れていた。恋とは違うナニカをずっと感じてた人。そう、付き合うことになったんだ!デートしたり、ドライブしたり、まだまだ若い2人だから将来何をやっていくか!みたいなこと熱く語ったりね。ワタシにとってはすっごくピュアな付き合いだった笑。だけど一週間?じゃないかっ。一ヶ月ぐらい?で終わってしまった。というかフラれてしまった。ちょうどラルフローレンに入社したばかりの頃だった。彼はLAに移住することを心に決めたみたいなの。出発する何日か前に電話で話したなぁ。”LA来いよ”って、”休み取って遊びに行くね!”って切ない思いで答えたよ。そしたら彼”そうじゃなくて来いよ!”って一緒に?ってこと?ワタシには訳わからずだった。”来れないよな。念願のラルフローレンで仕事決まったんだもんな。じゃあ遊びに来るときは空港までキャデラックで迎えに行ってやるからよ!”なんて言ってハハハって笑ってたっけね。それから2年間彼のことを忘れられず過ごしたよ笑。可愛かったなアタシ。それから義弟も妹を残してLAへ。その他の男の子達もみんなLAへ移住して行った。そんな同級生たちが今は東京で名を残すような仕事をして頑張っているの。ワタシも弟のおかげでその仲間に加えてもらえたのに。自ら全部ぶっ壊しちゃった。いつもそう。で、そうそう仕事はというと、一年間は近所のラルフローレンショップで販売をしていたのね。一年後、大学卒しか取らない本社がワタシの熱い熱い思いを受け入れてくれて高卒のワタシを迎え入れてくれた。そこは”ビジュアルマーチャンダイジング”という部署。店舗設計、ショーウィンドーのデザインとデコレーション。毎シーズンのスタイル、イメージを販売員へ教える為に日本中をかけまわった!ワタシの担当は北陸東北で金沢、富山、福井、新潟、仙台、盛岡、そして新宿伊勢丹本店。ときには広島、大阪、京都、名古屋。もちろん本社のニューヨークでの展示会、LAへのショップ視察。もう死にものぐるい、馬車馬のようにいや自衛隊員のように6年間働いたな。精魂込めすぎて6年しかもたなかった笑。辞めてからか。これまたドラマティックな激しい人生が始まったのは。。。。。それもまたいつか書きますわぁ。

そしてこれおばあちゃんからのいただきもの。ロングアイランドの地図が描いてあるタイル

こっちはイーストハンプトンで有名な風車 "Home Sweet Home" だって。かわいいよね。

これは100円ショップで買ったフレームにラルフローレンのPPマーク”ポロプレイヤー”を入れてみました。

キッチンに!

ワタシの部署ではこんな本も作ったりしたの。

ミスターラルフとニューヨークマディソンアベニューにある本店。またいつの日か行けるのかな。
ダラダラと書いてしまった。最近、昔のことばかり思い出す。それは一年前のこと、二十年前のこと、十年前のこと。振りかえってばかり。そして苦しくなってしまう。今はなんにもなくなってしまったから。なにかに熱中したり、突詰めたり、好きなモノだったり、愛する人だったり。なにもなくなってしまった。いつでもワタシは”ナニか”を持っていたのに。今は熱い思いになれない。まだ前に進めない。まだ。。。。。いつまで?それは自分で決めることだってわかってるんだけどね。本気でカッコいい!と思えるものもなんにもない!だからまた昔のこと書いてしまうと思うんだ。歩き出せないよぉ。
それから毎日バス、地下鉄でフラフラするんだけど。憧れのラルフローレンの本店へもバスで行ったな。それはそれは感動しましたよ!日本とは違ってかっこいい店員もたくさんいたし!いつかラルフローレンで働く!ってこの時心に決めたのよ。何日かすると偶然にも義弟が古着の買付けでマンハッタンに滞在しているという情報が入ってきたの(携帯、インターネット、メールもないのになんでだろ?)とにかくホテルから彼の滞在している人の家に電話して逢うことになった!凄い偶然でしょ!ホテルのそばのフライデーズで食事したね〜ラルフの本店にもまた行ったし、翌日にはクィーンズのグリーク(ギリシャ)タウンのグリークレストランに連れて行ってもらったな。このときのことを考えても義弟とは凄い運命的なモノを感じてます。今は逢えないけど。。。。。で!とうとうイーストハンプトンへ!そこへは。。。。確かグランドセントラル駅から行ったんだと思う。↓ここが駅
アムトラックじゃなかったから。三時間かかったかな。ロングアイランドはマンハッタンから南東にある島でリゾート地なの。もちろんミスターラルフの別荘もある。ラルフローレンカントリーショップがあるイーストハンプトン駅で降りて、さてどうするか?ってな感じ。だってホテルも取ってなかったし何の情報も持ってないし。とりあえず駅で地図もらってBB(hotel)でも探そうと思ってメインストリートに出た。そこで太った白人のおじちゃんに出逢う。”どうしたの?どこから来たの?” ”日本から、どこかにBBないかしら?” ”今はオフシーズンだからなぁ” ってなやりとり。そうワタシが行ったのは11月で人もまばらなときだったの。そうこうしてたらこのおじちゃんが白人のおばあちゃん2人が住んでいるかわいらしい家に連れて行ってくれたのだ!後から考えてみたら知らない人について行くなんて!危ない!って反省したんだけど笑 無知って怖いよね笑 そのおばあちゃんがまた親切な人で、なんでも若い頃は色んな国を旅して回り、色んな人に助けてもらったことがあってその恩返しができればとずっと思っていたんですって。だからワタシのことを助けたいってことで三日間泊めてくれたのデス。ハーバーにあるレストランへディナーに行ったり。教会にお祈りに行ったり。↓ここがワタシに貸してくれた部屋
そしてそして念願の ”ラルフローレンカントリーショップ” へ行くのです!おばあちゃん宅から歩いて15分くらいだったかな。この町はホントステキな所だった。湖があって、風車もたくさんあって、ラルフのショップからまた10分歩くと海! ↓アトランティックオーシャン!!!!!
ショップは小さな白い建物で、中にはワタシの大好きなカントリーラインの服が並んでウィンドーにはかわいいデコレーションとプロップ!だけど残念なことに写真撮れなかったの。。。。。言い出せない小心もののワタシ笑 ちょっとググってみた。クリック→ラルフローレン まだあるみたい?!今はカントリーラインなくなったからきっとRRLの商品にかわってるんだろうなぁ〜 そして4日目の朝マンハッタンへ戻った。その足でアムトラックが走るペンステーション(Penn station)へ。↓これはオールドペンステーション。ステキ!これまた写真撮っておらず悪しからず。
ここから十時間かけてナイアガラの滝へ!なんつっても11月で極寒。人もおらず笑 三日ですることなくなって笑 今度はグレイハウンド(バスね)で四時間かけてピッツバーグの友達の所へ戻って、またふらふら大学を出入りしながら遊んで過ごしましたわ。東京に戻って一週間後。ちょうど一週間後に親父死んだんだ。まるでワタシの帰りを待っていたかのようにね。葬儀にはには義弟、ニシウラ君、ツル君、ミッキーも思いがけず来てくれたんだったな。ドラマだな。それから年明けた春に念願のラルフローレンカンパニーに入社するんだけど。。。。。その春に恋に落ちたんだった笑。お互いを知る人。ワタシはずっと憧れていた。恋とは違うナニカをずっと感じてた人。そう、付き合うことになったんだ!デートしたり、ドライブしたり、まだまだ若い2人だから将来何をやっていくか!みたいなこと熱く語ったりね。ワタシにとってはすっごくピュアな付き合いだった笑。だけど一週間?じゃないかっ。一ヶ月ぐらい?で終わってしまった。というかフラれてしまった。ちょうどラルフローレンに入社したばかりの頃だった。彼はLAに移住することを心に決めたみたいなの。出発する何日か前に電話で話したなぁ。”LA来いよ”って、”休み取って遊びに行くね!”って切ない思いで答えたよ。そしたら彼”そうじゃなくて来いよ!”って一緒に?ってこと?ワタシには訳わからずだった。”来れないよな。念願のラルフローレンで仕事決まったんだもんな。じゃあ遊びに来るときは空港までキャデラックで迎えに行ってやるからよ!”なんて言ってハハハって笑ってたっけね。それから2年間彼のことを忘れられず過ごしたよ笑。可愛かったなアタシ。それから義弟も妹を残してLAへ。その他の男の子達もみんなLAへ移住して行った。そんな同級生たちが今は東京で名を残すような仕事をして頑張っているの。ワタシも弟のおかげでその仲間に加えてもらえたのに。自ら全部ぶっ壊しちゃった。いつもそう。で、そうそう仕事はというと、一年間は近所のラルフローレンショップで販売をしていたのね。一年後、大学卒しか取らない本社がワタシの熱い熱い思いを受け入れてくれて高卒のワタシを迎え入れてくれた。そこは”ビジュアルマーチャンダイジング”という部署。店舗設計、ショーウィンドーのデザインとデコレーション。毎シーズンのスタイル、イメージを販売員へ教える為に日本中をかけまわった!ワタシの担当は北陸東北で金沢、富山、福井、新潟、仙台、盛岡、そして新宿伊勢丹本店。ときには広島、大阪、京都、名古屋。もちろん本社のニューヨークでの展示会、LAへのショップ視察。もう死にものぐるい、馬車馬のようにいや自衛隊員のように6年間働いたな。精魂込めすぎて6年しかもたなかった笑。辞めてからか。これまたドラマティックな激しい人生が始まったのは。。。。。それもまたいつか書きますわぁ。
そしてこれおばあちゃんからのいただきもの。ロングアイランドの地図が描いてあるタイル
こっちはイーストハンプトンで有名な風車 "Home Sweet Home" だって。かわいいよね。
これは100円ショップで買ったフレームにラルフローレンのPPマーク”ポロプレイヤー”を入れてみました。
キッチンに!
ワタシの部署ではこんな本も作ったりしたの。
ミスターラルフとニューヨークマディソンアベニューにある本店。またいつの日か行けるのかな。
ダラダラと書いてしまった。最近、昔のことばかり思い出す。それは一年前のこと、二十年前のこと、十年前のこと。振りかえってばかり。そして苦しくなってしまう。今はなんにもなくなってしまったから。なにかに熱中したり、突詰めたり、好きなモノだったり、愛する人だったり。なにもなくなってしまった。いつでもワタシは”ナニか”を持っていたのに。今は熱い思いになれない。まだ前に進めない。まだ。。。。。いつまで?それは自分で決めることだってわかってるんだけどね。本気でカッコいい!と思えるものもなんにもない!だからまた昔のこと書いてしまうと思うんだ。歩き出せないよぉ。
5.07.2011
5.06.2011
True Romance
この写真を見ているとドキドキするほどの愛を感じるの。
ここ何日か一年前のことを想い出しすぎて苦しい。たっくさん愛してくれた日々を想っている。あのひとが残していった全てを私はしまっておくわ。どんなに離れてもいつか恋をしても、ときどき抱きしめて泣くでしょう。あぁ一歩気持ちが進んだと思えば、また二歩も三歩も戻ってしまう。歩き出したはずなのにまた一年前のあの春に引き戻されて。私は自由でいられるはずなのにあなたと同じ牢獄にいるようだわ。気持ちのアップダウンについていけないよ。薬も効かないし。
ドウブツエンに行ったときにあの人が撮ってくれた。あの人ドウブツと話ができるんだよ。ほんとだよ。
”ババぁのくせにそういうワンピース似合っちゃうんだね。そのキースへリングが描いてあるサンダルもかわいいよ” だって よ。お揃いのコアファイターのタキシードパンツ履いてハラジュクの町フラフラしたね。照れてたけどさ。ある日は”MacTool"の古着のアメフトTシャツ買ってきてくれて ”オマエそういうの似合うよな”って言って、自分の被ってたテンダーロインのストライプの帽子を頭にのせてくれて、仕事抜け出して代官山のテンダーロインのツルんとこへ見せに行ったんだよね。ツル嫁のヒサミのところへも行ったかな。毎日毎日朝から晩までずっと一緒だったな。あの日ワタシが家を出るまでは。。。。。
5.04.2011
2 days belated Happy Birthday to Flesh
Ben Watts, Klimt, Madonna,Ralph Lauren の写真集を引っ張り出した、その中から彼の写真が出てきた!ワープマガジンのバックカバーに使われた写真!
そうこの彼、名前はフレッシュ。コアファイターのモデルをしてくれたり、クサ育てたり(それはそれは研究者並みだったんだから)などなど色々やらかしてくれたね。今となっちゃ笑い話だけど。そんでもって元カレ。2002年から2006年までダラダラと色〜〜〜〜〜んなことを2人でやらかしまくった。その当時はギャングスタだと思ってた笑 まっ本物のギャングスタでピンプといえばこの子のママがすごいのなんのって!何かにつけてすごい仕事をもちかけるんだから!運び屋からエチオピアでの結婚、イラン人とのビジネス、もうハンパない!日本人のやくざが旦那だったのも笑っちゃう。危うく私もエチオピアで結婚させられそうだったし、彼との間がうまくいかなくなると、”ヘイキョウコ、あなたに長男を紹介してあげるから落ち込むんじゃないわよ!フレッシュとは兄弟なんだから顔だって同じよ!”ってはぁ。。。。。兄貴は新潟刑務所に入所4年(何度も彼氏(弟のほうね)と面会に行ったわよーーーーー新潟まで!)出所後は入国管理局に行き、強制退去待ちの兄貴と面会。ママぁ〜〜〜〜〜弟と顔違うじゃんよぉーーーーー。まぁ顔だけの問題でなく兄弟で付き合うのも”どうなの?!”でしょ。ママ的には私と結婚させて永住権取ろうと考えてたのよきっと笑 ってなわけで、彼フレッシュとママと私との沢山のストーリーはまた書くことにしようかな。薬いっぱい飲んでリストカットして血だらけでクラブへ突撃!それもニューイヤー!はぁこんなドラマは序の口なんだから笑。乞うご期待。
あっそうそう Ey Flesh Happy 26th? birthday!!! hope having fun at texas!!!
5.02.2011
原宿デート
今日は天気が良かった!久しぶりの原宿。ちょうど一年前に彼とデートしたことを思い出しながら、色んなことを思い出しながら、彼女を待ってた。やってきたのは ↓↓↓彼女↓↓↓ ゆみちゃん!
私と彼女には共通の知り合いの先輩がいる(この後に先輩写真載っけちゃうよ)。知り合ったのは約8年前。私が勤めていた店のオープンした日に彼と来てくれていた。色んな所でよく顔は合わせていたんだけれど2人でこんな風に会うのは初めて!去年考えられないようなことが沢山起きて外に出る気になれなかった私。そんなときにもメールくれてたの。だけど返信もしなかった。。。。。そのうちにお互いアドレスも変わって。。。。。でもゆみちゃんはめげずにこのブログ宛にメールくれて!私のこと気にかけてくれてホントに嬉しかった!ありがとう!ヨガのこと、インドのこと、昔話、もっともっと話したかったな。淋しいことに来週から彼女はLAに留学してしまう。これもまたびっくりで。この一年の間に色々考えたんだね。すっごくたくましく見えたな。パワーもらえた!LA楽しんできてね!ゆみちゃんがいる間に私もLA行こうと心に決めました!口だけ女なんだけど、口だけにならないようにしますわね!
ユミチャン
ワタシ
ユミチャン
ワタシ
Whole bunch love to u...............................
Subscribe to:
Posts (Atom)